W.G.ゼーバルト『目眩まし』
ゼーバルトの作品は『アウステルリッツ』(→過去記事)と『移民たち』(→過去記事)を読んでいるのだが、この『目眩まし』はこれまでの作品とまた少し違う物語を持った作品だった。
ゼーバルトの作品で邦訳され手に入るのは今挙げた作品だけといってもよいぐらいなので、それらと比較する術しか持たないわけだが、『目眩まし』ではスタンダールやカフカといった具体的な人物をモティーフにした部分と、ゼーバルト特有の虚構性ともいってよい不思議な雰囲気が重なり合っている。しかし、やはりこれもゼーバルトらしい写真や図版の扱いが本当とも嘘ともつかない世界を作り上げている。
「ドクター・Kのリーヴァ湯治旅」 1913年9月6日土曜日、プラハ労働者障害保険協会の副書記、ドクター・Kは―
ドクター・K、すなわちカフカ博士である。
『狩人グラフス』と二重像をなすカフカの「旅」。旅という非日常に待ち受ける死と恐怖の感覚。
カフカがウィーンに仕事の用で赴き、その後休暇をとってイタリアへ旅行した、ということは事実である。しかしその事実を綴ることによってこれもゼーバルトの虚構の世界が展開する。一見具体的事実でありながらそれは小説=フィクション、さらにそのなかに虚構が構築される。
船から降ろされる棺が象徴的だ。
小説であれば、それはフィクションであることは当然だが、ゼーバルトの場合はフィクションのなかに更に、虚構が作り上げられている、という気がする。フィクションのなかに入り込んだ者をさらに虚構で迷わせ、ふと現実に戻される。『目眩まし』というのはそんな夢のことなのだろうか。
