岡田温司『処女懐胎』中公新書
キリスト教は「奇跡」を多く生み出してきた宗教だ。そのなかでもっとも大きな奇跡がイエスの出生にかかわる奇跡だろう。イエスの母親であるマリアが性交渉なくして妊娠したという宗教的出来事。このことは新約聖書においてかならずしも詳しく述べられているわけではない。ルカ福音書において母マリアについて触れられている程度である。つまり聖母マリア信仰というのは歴史を経ることによって出来上がったものである。と、いうこのぐらいのことまでは文科系でない私も学生のころに教わった。
では、その母マリアがどのようにして「聖母」になったのか。その最初の奇跡にまつわる歴史的な、図像的なもろもろについて解説しているのが本書である。
本書によれば、マリアの処女懐胎を最初に奇跡として大きくとりあげているのが2世紀半ばに成立したとされる聖書外典「ヤコブ原福音書」だという。
また、夫(ヨセフ)との性行為がなかったとすれば、その夫の立場はどうなるのか。イエスと血縁がないのであれば、赤の他人ではないのか。「養父ヨセフ」の問題である。昔の社会では家父長制が強調されてきた。妻マリアに比べて夫ヨセフの聖的な価値が下がってしまったら家父長制社会にとって具合が悪いと本書で指摘される。そこで、「養父ヨセフ」として聖家族にふさわしい振る舞い、善行を与えることで、寝取られ夫の汚名を着せない工夫がなされてきたのである。このことだけでも、社会的事情によってキリスト教も変容してきたのだということがわかる。
キリスト教といってもカトリックやプロテスタント諸派、正教会などさまざまに異なっている。一言で言ってしまうことは本当は間違いなのだ。ここでひとつ固定観念を崩す必要がある。また、一神教という一言でくくってしまうのもあまりに浅薄で要注意だ。
マリア信仰はキリスト教がヨーロッパに拡大する過程で、土着の大地母神信仰と結びついたと考えることが可能だ。クリスマスも冬至を祝う土着の自然崇拝と結びついたものであり(イエスの誕生日なんて聖書に書かれてはいない)。イースター(4月8日)も然り。これなどはイエスの復活というよりも、ものみな芽吹く季節(農作業の開始)を祝うという意味の「復活」と捉えた方が素朴にしっくりくる。
もとはユダヤ民族のなかで生まれた、ユダヤ教からみれば一派が民族を超えて拡大していった歴史からは、いやでもそこに多様性が見えてくる。本書も、宗教としてのキリスト教という観念には少しお休みしてもらって、聖家族というモデルが人間社会のなかでどのように変容してきたのかという柔軟な思考のもとで読むとおもしろい。
蛇足だけど、こと宗教に関して、一神教と多神教の二項対立で割り切ってしまおうという安易な発想があるようだ。二項対立の発想はとてもわかりやすいだけに、もっともらしい言葉で飾れば受け入れられやすい。同時に極論暴論化しやすい。正義と悪で割り切ってしまう発想もそのひとつだ。本書はキリスト教に関してだけど、処女懐胎をキーワードに読み解くことで多様な人間社会の姿を見ることが出来る。丁寧に客観的な理由付けをしながら考えること。これが必要だ。


2007年04月02日 11:57
ちょうど、私もイエス関連の本(『イエスの王朝』)を読んだばかりなので
興味深く拝見しました。
キリスト教がこれだけ広まったのは、聖書が聖なる書であるにもかかわらず
内容がスキャンダラスで小説のようなおもしろさがあったからなのかなあと
思います。
私が読んだ本によると、現在のキリスト教の原型ができたのは
イエスの時代ではなく、弟子のパウロの時代であったとか。
パウロはユダヤ人ではないので、厳しい戒律のユダヤ教をもとにした
初期のキリスト教を万人にわかる宗教へと変えていったようです。
2007年04月02日 21:07
LINさん、こんばんは、
キリスト教、特に西方教会の拡大にはゲルマン人に布教されたことが大きいような気がします。
特にフランクの王国、カール大帝によるキリスト教国の拡大事業や、「改宗せねば国を滅ぼす」といった脅迫めいた北方十字軍の活動など。
庶民は貴重な書物である聖書なんてとても所有できないし、聖書に使われている言語の読み書きもできなかっただろうと思います。聖職者や領主などの説く、聖書を中心とした教えの中に聖家族や聖母信仰など庶民に自然に理解できて共同体の結束を強めることが出来る要素があったのだと思います。
そして当時の知性が集まる教会側もそのことを知っていて、そういう要素を盛り込んで布教していったのですね。
西洋文化を理解する基礎としてのキリスト教(史)は大切ですよね。
キリスト教圏で発達した文化や学問が日本には輸入されていますから、それを本当に理解しようとしたら、一見関係ないようでも歴史や心性から理解しようとすることが必要なのです。
宗教としてよりも、文化を理解するためのキーとして客観性を重視したキリスト教(史)が難しいけど、とてもおもしろいです。
2007年04月03日 17:00
産む機械としてのマリア
写真は今日から始まるレオナルド・ダ・ヴィンチ展(東京国立博物館)の告知ポスタ…
2007年04月04日 00:33
>西洋文化を理解する基礎としてのキリスト教(史)は大切ですよね。
ああああ・・・そうなんですよ。そうであるから、私が躓いているのです。キリスト教って何を言っているのかよくわからなくて。
西洋美術を見ても、その基本に宗教画があって、だけど私には何を描いている(モチーフが何なのか)がわからなくて。
「キリスト教、知らないから」と逃げているばかりではしょうがないし、そもそも無知を理由にするのがみっともない年齢になってきて。ちまちまと勉強中です。
とりあえずは雑誌『BRUTUS』最新号。特集が「西洋美術を100%楽しむ方法。キリストの生涯が分かると美術館は本当におもしろい!」初歩の初歩からスタートです。
いつか、この本にも手を伸ばしてみようという野望はあるのですが。
2007年04月04日 23:15
菊花さん、こんばんは
こちらこそ、なにもわかっていないですよ(笑
信仰もないし、東洋の門外漢として、へぇそうか、レベルで楽しんでます。
要は、予備知識なんだと思います。美術でも、音楽でも。
バッハのマタイ受難曲を聴くのに、「エヴァンゲリスト」が出てきてそれを福音史家のことだとわかるか、似た題名のアニメ作品おたくのことだと誤解するか、です。
そのぐらいだけど、知っているとより楽しめるのですよね。
菊花さんはお芝居をよくご覧になっているので、そちらの「予備知識」的なものが豊富にあるのだろうなぁと推察します。私はまったくもってダメですが……。
聖書関連では阿刀田高さんの『新約聖書を知っていますか』『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)がおすすめです。