ポール・ドハティー 『神の家の災い』

神の家の災い (創元推理文庫 M ト 7-3)
ポール・ドハティー 古賀弥生訳 『神の家の災い』 創元推理文庫

今回も楽しかったです。
アセルスタン修道士とサー・ジョン・クランストンとの名コンビ歴史ミステリもの。時代は14世紀イングランド、シティの検死官であるサー・ジョン・クランストンは幼いリチャード2世と叔父であるランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの臨席する宴の席で、イタリアの領主から出された難問「緋色の部屋」という密室殺人事件の謎を解く、という賭けをする羽目になってしまいます。クランストンが解けなければ金貨1000クラウンとともに名誉をそっくり失ってしまう。期限は2週間。

それとともに、アセルスタン修道士が司祭を務める教会では敷石を剥がしての修繕中、地下から白骨死体が発見されます。教区の連中は聖人だとはやしたて、さらには巡礼までやってくる始末。彼の教会はとんだ騒動にまきこまれることに。さらに悪いことに、彼が修行をした修道院で修道士たちが連続して悲惨な死を遂げるという事件が発生。過去を持つアセルスタンにとっては懐かしくも辛い思い出がある場所でかつての同僚たちが殺されていくという事件が起こってしまったのです。今回は2人それぞれに解決しなければならない謎を抱えて協力し合うことになります。

ということで、今回も大食漢・大酒飲みのクランストンは大活躍(?)ですね。双子の子供も生まれ、モード夫人には頭が上がらず……なんだかこの作品の中でいちばん幸せそうな登場人物です。サー・ジョン・クランストンじゃなくってシェイクスピア作品に出てくるサー・ジョン・フォールスタッフみたいだなぁと読むたびに思います。フォールスタッフよりはよほど有能なんですけどね。本書ではメインじゃないんだけど、幼いリチャード2世と叔父ジョン・オブ・ゴーントも登場します。クランストンがリチャード2世の性格と行く末を案ずる、なんて場面もあるんだけど、歴史を知っている方なら行く末はおわかりでしょう。舞台になっているのは1379年だから、権力闘争が顕在化してくるのはあと数年ですか。このあたりはシェイクスピア史劇でも描かれていますね(『リチャード2世』)。

ポール・ドハティー 『赤き死の訪れ』

赤き死の訪れ (創元推理文庫)
ポール・ドハティー著 古賀弥生訳 『赤き死の訪れ』 創元推理文庫

この作品も楽しく読むことが出来ました。ポール・ドハティーの歴史ミステリ。シリーズ2作目です。

舞台となっているのは1377年の冬。ときの国王は即位したばかりのまだ幼いリチャード2世です。ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントが摂政として実権を握っていた時代ですね。

テムズ川も凍りつく厳しい冬の日、ロンドン塔の城守であるラルフ・ホイットンが残忍な方法で殺害されるという事件が起きます。現場はロンドン塔のなかの奥まった場所で見張りの衛兵も配置されていた。犯人はどこから入ってどこから出て行ったのかわからないという、ミステリの王道のような事件です。

その事件にあたるのが、国王勅任の検死官サー・ジョン・クランストンとその書記であるアセルスタン修道士。
このサー・ジョン・クランストンですが大酒のみで仕事中でもワインをぐびぐびと。まだコーヒーも紅茶もない時代とはいえ…。革袋の水筒にワインを入れていつも持ち歩いているほど。好みはクラレットと白ワインです。口も悪く、とにかく健啖家でおなかもでっぷりと。このイメージだとサー・ジョンはサー・ジョンでもサー・ジョン・フォールスタフを思い出してしまいますが、クランストンは忠実な愛妻家だったりします。仕事中にもつい家庭のことを考えてしまったり。けっこうかわいいです。

もう一人の探偵役はドメニコ会の修道士アセルスタン。本人は「托鉢修道士」と呼ばれることを望んでいます。辛い過去を抱えながら修道士となり、また司祭としても教会と教区を預かっています。その教区というのが、これまた貧しい地区で、教会に通ってくるのは娼婦や墓堀り、ネズミ捕りを生業にしている男など。アセルスタンは娼婦に教会の掃除などまともな仕事を世話してやったりと、なかなか面倒見が良く、教区民からも一目置かれる存在です。そして修道士なのに教区の美しい未亡人に思いを寄せてしまったり、悩みは尽きないようです(笑)

こんな正反対の二人がじつにうまく協力し合いながら当時の汚らしいロンドンの街を舞台に事件を解決していくのです。ロンドン塔が舞台、というのも英国ミステリとして王道的です。ディクスン・カーの『帽子収集狂事件』もロンドン塔を舞台にしていますね。この後の歴史を通じてロンドン塔は牢獄、処刑場として血塗られた歴史を重ねることになりますが、「暗黒の中世」を表現するのにうってつけの設定、場所です。

下水や衛生設備も無い時代のこと。道には汚物があふれ、厳しい寒波に路上生活者がつぎつぎと死んでいく。百年戦争による乱費で民には重税が課され、街の暗がりではなにやら反乱を企む輩もいるようです。小説の舞台になっている年から4年後にはワット・タイラーの乱が起こるのですからイギリス中世史のなかでも混乱した時代を扱っているともいえます。そんな「暗黒の中世」にうんざりしながらも、彼らなりの光を見出そうとする二人の探偵の姿。シリーズものになっているので続きも気になるところです。

King Richard II 『リチャード二世』

小田島雄志訳『リチャード二世』白水Uブックス

シェイクスピア史劇。舞台となる時代の古い順に読むといいつつ、『エドワード三世』をすっとばして『リチャード二世』を。『エドワード三世』は真作かどうか議論があるらしいし。

シェイクスピア史劇のなかでは、この『リチャード二世』からはじまって『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』『ヘンリー六世』『リチャード三世』という流れがランカスターとヨーク、そして薔薇戦争の終結までを描いていて最も盛り上がるところだろうと思う。

リチャード二世は有名なThe Black Prince, エドワードの息子として生まれている。父エドワードはエドワード三世の長男であったが、王位を継ぐ前に病没しているので、祖父王の後を継いだのがリチャード二世ということになる。
そして叔父たちにジョン・オブ・ゴーント(ランカスター公)、エドマンド・オブ・ラングリー(ヨーク公)という二人の有力者がいたということを押さえれば、ランカスターとヨークの争いがここから始まっているんだということがわかる。後にこのランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの息子ヘンリー・ボリングブルックがリチャード二世を廃位させてヘンリー四世となるのだが、『リチャード二世』がカバーしている範囲はそこまでということになる。

ああややこしい。でもいまごろになってようやくこのあたりの物語・歴史が見えてきた。もともと王様とか系図とか、苦手なのだ。なんだよ「~世」って(←いいがかり)。もっとも、シェイクスピアは歴史家ではないし、歴史書でもないのであくまで「物語」として読まなければならないが。

そんなこんなで(?)、冒頭部分。リチャード二世の立場としては有力者として富も力も備えた叔父たちとくにランカスター公ジョン・オブ・ゴーント、そしてその領地や勢力を受け継いだヘンリー・ボリングブルックを追放して領地を召し上げてしまえば自身の勢力拡大になる。そしてそれを実行する。
シェイクスピアの劇としては、この追放されていたヘンリー・ボリングブロックが見事帰還を果たし、リチャード二世を捕らえて退位させ、自身がヘンリー四世として即位するというところで終わっている。リチャード二世は廃位された後、幽閉されて死を迎えたといわれている。

このときヘンリー四世の帰還に協力した有力諸侯がヘンリー・パーシーであったが、後に反乱を起こしている。『ヘンリー四世』で王がパーシー一族から王位簒奪者呼ばわりされているのはこの経緯から来ている。
「王位簒奪者」、この言葉は史劇を読んでいると沢山出てくる。そのたびに、「王位簒奪者」といったらほとんど王位簒奪者ではないかと思ってしまう。『リチャード三世』に入ると王位簒奪だらけなのだから。もっといえばヘンリー7世だって王位簒奪と非難されかねない。描き手の立場によってこのあたりは変わってくるので注意が必要。

基本は親族同士の権力争いでしかない。中世とはそういう時代であった。「国家」は近代以降の産物なので、中世史を見るときにはそういう頭の「フィルター」をひとまず取っ払わなくてはならない。
王族や権力者、特定の家系がどうたらということにまったく興味がないのでこのあたりは苦手だった。「史」の字の付く分野ではやはり社会史、法制史、生活史、精神史、美術史、といったあたりがいちばん知って楽しい分野だと思う。